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2025/12/18 スタッフブログ

重度化予防ケア研修 レポート①

重度化予防ケア研修 レポート①

1.導入までの道のり編

はじめに

当施設で2025年4月からスタートした「重度化予防ケア研修」

この研修のテーマは、「適切に寝る」「適切に座る」「抱え上げない」という3つの基本の習得です。特養に関わるすべての職種――介護・看護職はもちろん、栄養士、歯科衛生士、機能訓練士、生活相談員に至るまで、全職員が受講できるよう、昼・夜・午前の3部に分けて毎月実施する予定です。

講師には、重度化予防ケアの第一人者である香川寛先生(一般社団法人 日本重度化予防ケア推進協会 理事長)をお招きすることになりました。研修時間は1回120分。そのほとんどが実技指導となります。「身体の機能」に基づいた理論を学び、立ち上がりや移乗、リフトの活用、シーティングなどを「説明を聞く→実践する」の繰り返しで体に染み込ませていきます。

すでに7回目を終え、残りの8ヶ月間の挑戦を前に、「そもそも、なぜ当施設でこの重度化予防ケア研修を導入することになったのか?」という導入までの経緯と、施設長である私とスタッフの想いをお伝えしたいと思います。

当施設での重度化予防研修の様子


衝撃の出会いと「寝耳に水」の真実

時は遡り、2024年7月。福岡県で開催された「CareTEX福岡」でのある出会いがすべての始まりでした。

そこで私は、一般社団法人こうしゅくゼロ推進協議会の発起人・副代表理事である石橋弘人氏のセミナーを聴講しました。テーマは『拘縮予防、腰痛予防にも結果の出る「重度化予防ケア」とは?』。

石橋氏は医療機器メーカーでの長年の経験を経て、こうしゅくゼロ推進協議会を立ち上げられた方です。「10年以内に日本から変形拘縮を無くす」という壮大な目標を掲げ、全国で啓発活動を続けておられます。

セミナーで石橋氏は冒頭、「なぜ日本にだけ高齢者の拘縮が多いのか?」と問題提起されました。実は、拘縮による寝たきりの重度者は、他の先進国にはほとんど存在せず、日本特有の現象だというのです。現在、介護度4・5の方は合わせて約145万人。その多くに拘縮が見られ、2040年には170万人に達すると予測されています。

長年介護業界に身を置いてきた私にとって、その内容はまさに「寝耳に水」の連続でした。


「良かれと思っていたケア」が拘縮を作っていた

セミナーで突きつけられた事実は、非常に重いものでした。

「高齢者の拘縮は、単なる老化現象ではない。生活環境、特に私たちが毎日行っている『抱え上げるケア』が原因で作られている」

人が抱え上げられると、体は反射的に緊張状態になります。この「過緊張」が頻発すると、筋肉が固まり(拘縮)、やがて寝たきりの体を作ってしまうのです。

当時、当施設のスタッフ向けアンケートでは、7割を超える職員が腰痛を感じていました。私は「スタッフの腰痛対策として、リフト導入を進めなければ」と考えていましたが、まさか従来の人力によるケアが、ご入居者様の体にもこれほど深刻な悪影響を与えていたとは……。

写真引用元:こうしゅくゼロ推進協議会

私たちが「適切」だと信じていた行為

これまで私たちが「適切なケア」だと信じて疑わなかった以下の行為が、実はご入居者様に過緊張を与え、拘縮を作り出す「不利益なケア」だったのです。

  • ベッド上での人力による引き起こし
  • 抱え上げによる移乗
  • 2時間おきの体位交換
  • 車椅子上で崩れた姿勢のまま過ごすこと

石橋氏が示した衝撃的なデータ

石橋氏のセミナーでは、具体的なデータも示されました。

  • 医療・介護職の半数以上が腰痛を抱えている
  • 人力介護による腰痛で、他の産業へ転職する職員は年間50万人
  • 保健衛生業(医療・介護)の腰痛発生件数は、他の産業と比べても突出して多い

さらに、国際的な基準についても教えていただきました。2012年に国際標準化された「ISO TR 12296」では、介護における人力での持ち上げに明確な制限が設けられています。

  • 男性:体重の40%まで(65kgの職員なら26kgまで)
  • 女性:体重の40%×60%まで(45kgの職員なら10kgまで)
  • スウェーデンでは7kg以上の持ち上げは禁止

つまり、人力での抱え上げ自体が、国際的には推奨されていないのです。

石橋氏の結論

「拘縮は、過緊張を与えるケアをすると作られる」

「逆に、過緊張を与えないケア(ポジショニング、シーティング、ノーリフティング)を行えば、拘縮は作られないし、改善もする」

石橋氏のこの結論を聞いた時、私の心は決まりました。


「今のままではいけない、ケアのあり方を変えていきたい!」

セミナーからの帰り道、私の頭の中は衝撃と責任感でいっぱいでした。施設に戻り、すぐにチームの課長や主任にこの事実を伝えました。

「今のままではいけない。すぐにスタッフ全員にこのことを伝えたい」

そう考えた私は、すぐに石橋氏に連絡を取り、セミナーからわずか3ヶ月後の10月、福岡県から当施設にお招きして全スタッフ向けの講演を行っていただきました。その話を聞いたスタッフたちも、重度化予防や拘縮予防、そしてノーリフティングの重要性を深く理解し、「自分たちのケアを変えたい」という実践への意欲が高まりました。

当施設での石橋氏のセミナー(2024年10月)

実践への投資、そしてスタートへ

「やる気はある。では、どう実現するか?」

具体的な実践方法について石橋氏に相談したところ、ご紹介いただいたのが、広島県廿日市市で活動されている、日本重度化予防ケアの第一人者・香川寛先生でした。

早速、香川先生にもお越しいただき、詳細を伺いました。そこで提示されたのは、単なる座学ではなく、15ヶ月間にわたる徹底した実践研修。そして、研修だけでなく、先生が推奨する指定の福祉用具(リフト、クッション、車椅子など)の購入が必須であるということでした。

理事長への直談判

決して安くない投資です。しかし、ご入居者様のQOL(生活の質)と尊厳を守るためには必要不可欠なものです。

私はすぐにおおよその見積もりを確認し、理事長へ直談判しました。

理事長からは、とても前向きなお言葉をいただきました。

「当施設の現状からして、ICT機器のテクノロジーに関しては、おおよそ完備できた。これからは、次の介護保険改正に向けて、準備が必要である。次の改正では、設備でなく、ご利用者の状態がどう改善したかなどのアウトカムが求められてくるので、ぜひ実施しましょう」

私たちの熱意と必要性が伝わり、無事に決済をいただくことができました。

こうして準備期間を経て、2025年4月、当施設の「重度化予防ケア研修」はスタートを切ることになりました。


2025年4月から始まった15ヶ月の挑戦

こうして、2025年4月から本格的にスタートする重度化予防ケア研修。私たちは山口県初の試みとして、この介護革命に挑みます。

研修の目標

この取り組みを通じて、私たちが目指すのは以下の4つです。

  1. 入居者様の拘縮、寝たきり、褥瘡、誤嚥性肺炎などの重度化の改善・軽減
  2. 入居者様のADL・QOLの向上
  3. 介護職員の腰痛発生率の軽減
  4. 介護職員のやりがい・働きがいの創出

研修の実施体制

  • 期間: 2025年5月から15ヶ月間
  • 頻度: 月1回、各120分
  • 対象: 全職種(介護職、看護職、栄養士、歯科衛生士、機能訓練士、生活相談員など)
  • 実施時間帯: 昼・夜・午前の3部制で、全職員が受講可能
  • 内容: 理論と実技(立ち上がり、移乗、リフト活用、シーティングなど)

次回以降のブログでお伝えすること

すでに始まっている15ヶ月間の研修の様子を、シリーズ形式でブログでお伝えしていきます。

  • 研修の具体的な内容と実技の様子
  • 現場で起きている変化や気づき
  • 職員の声や手応え
  • ご入居者様の変化
  • 課題や困難、そしてその克服プロセス

私たちの挑戦が、これからの介護を変える一歩となることを願っています。そして、この取り組みが他の施設の参考になれば幸いです。

ご入居者様の「当たり前の生活」を守るため、そしてスタッフが長く健康に誇りを持って働ける職場を作るため、全職種一丸となって学び続けてまいります。

次回のブログでは、実際に研修がスタートした様子をお伝えする予定です。どうぞお楽しみに。


特別養護老人ホーム ほしのさと
施設長 増田剛一郎

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